2013年4月16日火曜日

喫茶店

その昔、京阪電鉄京橋駅の高架下を西に向かった外れに一軒の喫茶店があった。
店名をMOREという。
私が高校生の頃よく通った店である。
私が高校生といえば1980年頃のはなし。

トビッキリべっぴんで超やさしいお姉さんと、
そのお姉さんより少し年下で甘いマスクにスッと背の高いお兄さん
二人のアルバイトで運営されていたお店。

この二人に憧れて私たちは通っていた。
いや、通ったというより高校三年間の半分は
この店に入り浸っていたと言う方が正しい。

学ランにボンタンの制服に身を包み、
セブンスターの紫煙を燻らせブラックコーヒーで喉を潤す。
ツッパリと大人の世界のまねごとをこの店で経験させてもらった。

こんなどうしようもない我々を二人は咎めるわけでもなく、
やんちゃな弟を見るような温かい目で見守ってくれていた。


「明日の体育しんどいのぉ〜」
「ほな2時限目からここにふけよかぁ」
「わかった。裏門から抜けてくるわ」

「な、ジャイケンで負けたヤツがスキな子に告白する事!」
「え〜!なんでやねん!」
「ええか〜、いんじゃん」
ホ〜イ!
「三人負けやんけ〜!」

「おい5組で喧嘩しとったでぇ」
「誰や!○○か!」
「ちゃうちゃう△△や!」
「うっそ〜!見に行こか〜」

「100円貸してくれへんか」
「何に使うんや」
「コーヒー飲もう思てな」
「コーヒーは300円やんけ」
「ちゃうちゃう、雀ピューターでコーヒーチケット稼ぐんや」

「で、誰に告白するんや?」
「ケイちゃんや」
「俺、ゆうさん」
「お!ほんまかい!やるな」
「おれ、ケイちゃん…」
『え!!!』

「文化祭の準備はじまるんやろ。1組は何すんの?」
「屋台、屋台。8組は?」
「バンド!3組は?」
「知らん」
『学校来いよ!』

「進路どうすんねん?」
「俺大学受けるで!」
「え〜!なんでやねん」
「なんでやねんって、なんでやねん!」
「無理やってやめとけ!」
「アホ!俺の人生は俺の思い通りに変えられる。
 それは俺自身でデザインされるのが俺の人生やからや!」
「なんじゃそれ!」
「有名なマンピーちゅう人の言葉じゃ!」
『……』
「マーフィーじゃ!」

「…誰やそれ」


「ケイちゃん、あかんかったわ」
「ゆうさん、無理です言われた」
「…お付き合いできませんって、ケイちゃんに言われた」
「そうか…、元気出せや。しゃーない、しゃーない」
「なんや、お前なんか笑てるやないか」
「あほか!なんで友達の不幸を笑えるんや!」
「いや、笑てる。なんか余裕ある!なんや!」
「そんなことない!……」
「言え!どうせ言う事になるぞ!」
「……、俺、ケイちゃんと付き合い出してん…」
『な〜にぃ〜!!!』

「全部すべってもうた…」
「せやから言うたやろが〜このたわけが」
「たわけってなんや!」
「まぁまぁ、しゃ〜ない、しゃ〜ない」
「しゃ〜なないわ!
 しずかのボケ、この大学なら受かるからもう一つ上も受けなさい
 言うから安心して受けたのに、
 上の大学どころか本命も滑っとるやないか!」
「それはしずかのせいや!」
「せやろ!これは訴えなアカンやろ!」
「アホか!お前本命の受験終わってここで喋っとったやろが、
 そんなんじゃ受かる訳ないやろ!」
「何!なんや」
「このボケ、マジで鉛筆のケツ削ってマークシートの番号書いて
 転がして回答したんやで!」
「ホンマか!!」
「……」
「しゃ〜ない、しゃ〜ない」

「もう来週か」
「早いな…」
「三年なんかあっちゅう間や」
「ここに来る事もなくなるんかな」
「うん、多分…」

ハイライトから始まったタバコはショートホープ、
セブンスターを経由し、マイルドセブン、キャスター、
マイルドセブンスーパーライトへ変遷した期間であった。

最後に一本のこったスーパーライトをみんなで回し飲みをする。
胸いっぱいに煙を吸込んで一瞬ふらっとした瞬間
冷たい外気が鼻の奥に刺さる感じがして、とても寂しく感じた。
俗な言葉で言うなら、青春である。

あれから約30年。
久しぶりに再開した親友とこの地を訪れてみた。

「え!」
そこには外壁を渋いうぐいす色に塗装され、
少しおしゃれな居酒屋が準備中の札を掲げていた。

二人して絶句した瞬間、今まで忘れていた当時の情景が
走馬灯のごとく流れたのである。
まだまだ将来に夢を見、小生意気な自信を目一杯身にまとった
半人前の男たちが、より大きく見せるため精一杯背伸びした姿だった。

二人とも煙草をやめて、昔のような横柄な夢は持ち合わせていない。
堅実な社会生活に馴染んでささやかな幸せを望んでいる。

一瞬、春の冷たい風が顔に吹いてきた。
鼻にツンと来る感じが寂しくもあり、
とても懐かしく涙腺を緩ませた。

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